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ラクスル・じげんから学ぶ、中期経営計画の策定・開示の舞台裏

2024年3月7日にグロース・キャピタル株式会社主催で第4回「Growth CFO Camp」を開催しました。今回のテーマは「上場ベンチャーは中期経営計画の策定・開示をどのように行うべきか?」です。モデレーターをグロース・キャピタルの竹内が務め、ゲストにラクスル株式会社の西田CAOと株式会社じげんの波多野取締役を招き、中期経営計画の策定や開示についてディスカッションを行いました。ライブ感を味わっていただくために、書き起こしに近いかたちでお届けします。

登壇者

西田 真之介
ラクスル株式会社 上級執行役員 CAO / SVP of Corporate
波多野 佐知子
株式会社じげん 取締役 執行役員
竹内 良太モデレーター
グロース・キャピタル株式会社 エグゼクティブ・ディレクター
ゲスト紹介

竹内 良太(以下、竹内):ゲストの自己紹介から始めたいと思います。ラクスルの西田さんからよろしくお願いします。

西田 真之介氏(以下、西田):ラクスルの西田と申します。管理部門の責任者として普段は経営企画、法務、総務、内部統制の領域を管轄しています。数値以外のガバナンス管理も担当しており、グループ会社も増えていますのでグループ会社の取締役や監査役も兼任しています。

波多野 佐知子氏(以下、波多野):じげんの波多野と申します。監査法人出身の公認会計士で、前職はライフネット生命です。じげんには2018年の2月に入社して、経営管理、経理や総務、労務、最近はIRも含めてコーポレートの主なところの責任者をしています。3年前に取締役に就任いたしました。

取締役に就任する直前の執行役員の時に中計を議論し、策定・開示しました。実はIRもこのタイミングで前CFOからバトンタッチされていて、中計開示からIRに携わった形になっています。思い入れのある中計をもとに、本日は皆さんとお話しさせていただければと思っています。

竹内:本日モデレーターを務めます、グロース・キャピタルの竹内です。私は大学を卒業してからは外資系のメリルリンチに就職し、そこで5年間M&Aや資金調達のお手伝いをしていました。

その後、2014年に野村證券に移りまして、そこから9年間、化学業界のお客様にM&Aや資金調達、IR、自社株買いといった提案をしておりまして、昨年からグロース・キャピタルにジョインしております。

竹内:今回のイベントを主催しておりますグロース・キャピタルについて簡単に紹介させていただきます。弊社は上場ベンチャーの資金調達とIRを支援する会社です。上場ベンチャーの資金調達と成長戦略の実行をセットでご支援する「Growth Finance」と、資金調達に向けて出来高を高めたい、適切な株価形成を行いたいというIR上の課題に向き合っている「Growth IR」というサービスをご提供しています。

これまで多くの上場ベンチャーをご支援してきました。「Growth Finance」では資金調達とマーケティングや個人投資家・機関投資家向けのIRをセットでご支援しております。

「Growth IR」では、特に個人投資家向けIRにおいて、毎月1,000人規模の個人投資家を集客したオンラインのIRイベントを開催しており、ご好評いただいております。個人投資家向けIRに課題感やご関心をお持ちの上場ベンチャーの方はぜひお気軽にご連絡いただければと思っております。本日はどうぞよろしくお願いします。

竹内 良太(たけうち・りょうた)2009年、早稲田大学卒業後にメリルリンチ日本証券株式会社に入社し、投資銀行部門にて製造業や運輸業における資金調達及びM&A業務に従事。複数のグローバル・オファリングを経験。2014年、野村證券株式会社に入社し、投資銀行部門にて化学企業のカバレッジ業務に従事。資金調達やM&Aに加えて、個人投資家及び国内外機関投資家向けIRや自己株式取得、株式対価報酬制度の導入など、クライアントの企業価値向上に向けた戦略の立案及び執行を支援。2023年8月、グロース・キャピタルに参画。

では早速、両社の中期経営計画の概要からお聞きしていきたいと思います。

波多野:じげんでは2021年5月に第2次中期経営計画「Z CORE」を発表しました。この前に策定していた第1次中期経営計画「Protostar」が終了したため、第2次中期経営計画を新たに出しております。

5年後に売上収益350億円超、EBITDA100億円超という業績目標を掲げて、中期経営計画のタイトルにもなっている「Z CORE」、これは売上収益100億円超の主力事業のことですが、こうしたコア事業を創出していくことをテーマに経営計画を練りました。それが計画の骨子になっていて、最重視指標として売上収益CAGR30%を目指していく形になっています。

波多野 佐知子(はたの・さちこ)あずさ監査法人(現・有限責任 あずさ監査法人)、ライフネット生命保険を経て、2018年に株式会社じげんに入社。公認会計士。現在は取締役、執行役員、経営管理部部長、他グループ会社取締役を兼任。グループ経営、コーポレートガバナンス、M&AによるPMI等、数々のコーポレートアクションを牽引。

この中計の策定の背景を説明すると、じげんという会社はそれまで右肩上がりの成長を続けていて増収増益が続き、株価としても非常に好調でした。しかしこの中計を出す直前にコロナ禍になり、増収増益が減収減益に転じたタイミングにありました。株価もそれに連動する形でご評価いただけなくなってきたところでした。

また、2021年3月期は大型ののれん等の減損損失があり、じげん史上初めて赤字を出したという非常に辛い時期でした。そうした状態を突破したいという思いから、第2次中期経営計画を策定・開示したという背景がありました。

じげんは多領域で多角化経営をしていて、コロナ禍までは全ての領域で増収増益で、どんな事業でも成長を続けていました。連結ベースでも増収増益を実現していましたが、コロナウイルス感染症の拡大という、抗えない外部環境の大幅な変化が発生してしまいました。それまではM&Aで取得してPMIも順調でしたが、コロナ禍の影響を強く受ける旅行領域の事業も持っていたので、これまでのようにどの領域も伸ばしていくのではなく戦略をアップデートしなければいけなくなったという状況でした。

需要の変化に合わせて経営資源をいかに適切に配分していくのかという観点から「選択と集中」を進めました。

それまで展開していた多数の事業を売上成長率と収益力の2軸から、ポテンシャル、ファンダメンタル、ターンアラウンドに分類しました。その中でポテンシャルとファンダメンタルの領域から、売上収益100億円超で、じげんの核となるような主力事業(Z CORE)を作っていくことにしました。具体的には「Living Tech」「Vertical HR」という2つのセグメントをZ COREとして育てていくことを、中計策定の中で方針を固め、開示しています。

業績の推移のイメージでいきますと、2026年3月期の売上収益350億円超とEBITDA100億円超を掲げました。CAGR30%いかないと達成できない高い目標を掲げ、減収減益に転じてしまったところから再成長して、もう一度市場の信頼を取り戻していこうという狙いがありました。

じげんはM&Aを積極的に行っている会社でもあるので、オーガニックとインオーガニックのバランスについて社内でも議論になりました。開示情報にはそこまで詳しく書いていませんが、オーガニックだけでも達成したい目標として出しており、インオーガニックの計画は業績目標には織り込んでいません。

一方でもちろんM&Aは引き続き重要な戦略としていました。当時掲げていた目標はオーガニック成長をベースとしておりましたが、中計期間の中で、結果としてM&Aによるインオーガニックの成長も足されてきています。

竹内:じげんさんのようにM&Aを成長ドライバーとして活用されてきた実績があっても、不確実性の高いインオーガニック成長を織り込んだ業績目標値を出したところで投資家に十分に訴求できないと考えて、あくまでオーガニックでの成長をベースにされたのでしょうか?

波多野:「M&Aの会社」と良くも悪くも思われがちだったので、事業成長を行う会社として、打破したいと思っていました。そのため、オーガニックで伸ばしていくという目標をあえて掲げたということもあります。あとはやはりM&Aのように見通しを立てづらいものをなかなか業績目標に織り込みづらいという考え方は事実としてありました。そのあたりの詳細は中計では言及していません。

竹内:対外的には出していないと思いますが、M&Aの件数など目標としているものはありますか?

波多野:予算というほどのものではありませんが、生み出したキャッシュ・フローは、M&Aに投資していく方が、還元するよりも将来の成長に寄与して、株主にもプラスだと思っています。税引後の当期利益ぐらいは投資に回していきたいという、大枠の目安感は持っています。

竹内:続いて西田さんお願いします。

西田:2018年に上場してから中期経営計画としての開示はまだ行っておりません。
2021年3月に中長期での財務目標・ポリシーを初めて開示しましたが、あくまでも目標とかポリシーという表現で、今後数年間でこうなっていきたいというイメージを投資家と共有する意味合いでの開示をその後も続けています。

2021年3月の開示では、2025年7月期までに売上総利益をCAGR30%で伸ばしていき、結果として売上総利益の上限が200億円と発表していますが、このタイミングでは何かものすごく緻密な積み上げがあったというものはありません。ここまで上場の前後を含めてしっかりとグロースできていたため、業績の規模が大きくなるので成長率は過去と比べると低くなってしまいますが、引き続きハイグロースを継続していくというところを共有する意味合いでこのような開示を出しました。

西田 真之介(にしだ・しんのすけ)青山学院大学卒業後、森ビル株式会社、株式会社ディー・エヌ・エーを経て、2014年8月にラクスルに入社。管理部門の立ち上げからIPOをリードし、部門全体を統括。2018年の上場以降は、コーポレートアクション全般を所掌し、Chief Administrative Officerとして企画・設計・実行を牽引。M&Aによる子会社等の増加に伴い、グループ会社の取締役や監査役を兼任。

売上総利益に絞って載せていますが、それは上場時から変わらず「当社の一番大事な指標は売上総利益」だと考えているためです。私たちはサプライヤーさんとの協業によってあらゆる経営指標を改善することで、売上総利益の向上に繋げられるという考えがあるため、ただ売上を伸ばすのではなくて売上総利益の額を伸ばしていく。ここをターゲットにし、分かりやすく一本だけ数値を出しました。

最初の発表から1年3カ月後となる2022年6月にきちんと進捗していることを示していますが、このタイミングで元々自社100%でやっていたハコベルという事業をJVにするということがあったので、元々の前提からグループの範囲は変わるけれどもターゲット自体は変えませんということを改めてお伝えしました。

また、Quality Growthという表現をこのタイミングで使いました。赤字とは言いませんが、利益トントンでもいいからとにかく成長を目指すというHigh Growthのモードから、きちんと利益を手元に残すという形のQuality Growthというモードに転換したタイミングです。ここでも、どの時点でいくらという細かい表現では開示していません。あくまで売上総利益が伸びていったときに、キャッシュ創出力に近い概念であるEBITDAがどの程度になっていくのかのイメージを伝えるために開示しています。

こちらは2023年9月に開示したものですが、この時には、もともと2年前に出していた2025年7月期の売上総利益200億円の達成が見えてきていました。中計のアップデートというわけではありませんが、ここでも中長期の業績イメージという表現にさせていただいています。もともと掲げていた売上総利益200億円を達成したうえで、次に300億円になった時には、しっかりと100億円のEBITDAを出していくことを伝えています。

オーガニックで伸ばしていくことに加えて、ここ1~2年でアクションを続けていますが、新しい武器になってきているM&Aも活用することで、この数値をしっかり達成していきたいと考えています。

市場とコミュニケーションを取っていくために、細かい数値をいろいろと言うのではなく、とにかく売上総利益をメインメッセージにしています。Quality Growthで売上総利益を伸ばしながら、その部分と連動するEBITDAも合わせて伸ばしていくという形で、いろいろな情報を出し過ぎないように気をつけながら、シンプルなコミュニケーションを取っています。

竹内:じげんさんとラクスルさんで開示の仕方がかなり違うなという印象を持ちました。じげんさんの場合、業績目標を5年後の売上収益350億円超とEBITDA100億円超と明確に打ち出されています。ラクスルさんでも、「例えば営業利益などをベースとした明確な業績目標値を定めて開示すべきではないか」といった社内の声はありませんでしたか?

西田:もちろんありました。しかし、ここで新しく書いたM&Aを成長のドライバーにしていくことも、数年前まではそれを成長ドライバーの柱としては考えていませんでした。中計の戦略を細かく開示することで、何か具体的なことが起きたときに柔軟にアクションが取れなくなってしまうケースもあり得るので、5年前に売上総利益一本で出したところから一貫性を保持し続けています。

竹内:業績目標やそれに紐づく詳細なKPIを出すことによって、投資家への訴求力を高められる可能性もありますが、一方で経営戦略の軌道修正の柔軟性が損なわれるリスクもあります。ラクスルさんとしては、後者の部分をより慎重に見られたということですね。

西田:そうですね。あとはどのKPIが本当に効いてくるのかを事前に読み切れるのかという懸念もあったので、上場時からわかりやすいメッセージにしております。