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投資家から聞かれる「今の株価は割安ですか?」という質問にはこう答える!

この記事は後編です。前編をまだお読みになっていない方はぜひ前編もご覧ください。前編はこちら(「業績だけで良し悪しを見られないためには?企業と投資家の間でビジョンが一致する対話の極意」)

登壇者

松本 康子
アルヒ株式会社 取締役副社長CFO
中川 徹哉
株式会社アンビスホールディングス 取締役CFO
服部 幸博
インベスコ・アセット・マネジメント株式会社 運用本部 日本株式運用部 グロース運用 ポートフォリオ・マネジャー
市川 祐子モデレータ
マーケットリバー株式会社 代表取締役(『楽天IR戦記』著者)

投資家やアナリストと対話して感じる変化と対応

市川:もっと聞きたいところですけれども、次の質問にいきます。ちょうどオンライン面談の話が出ましたけれども、ここ最近、オンラインのIR面談から徐々にオフラインも出始めていると思います。環境変化という意味では、コロナだけではなくて、今年はマクロ市場環境が大きく変わってきています。グロース銘柄は厳しい一方で、プライムの会社はサステナビリティをもっと開示せよというところが出てきました。マクロ的なところをどう感じているのか、松本さんからお願いします。

松本:プライムに要求されるディスクローズのレベルは上がっていきます。当社は従業員が四百数十名いますが、正直、この人員規模で要求レベルの全てを満たすのは大変です。やっていかないといけないと思いつつ、どういった形でキャッチアップしていくのか。ただ投資家の皆さんは非常に注目していますし、会社自身もサステナビリティに注力していることは間違いないので外に向けて可視化をやり続けるしかないと思います。

あと、対話していると株式投資の世界はインデックスのファンドが増えていると思います。特に中小型アクティブファンドとして、しっかりこの規模の会社への投資を見ている方の数はなかなか増える状態ではありません。そういう方々とコミュニケーションを繋いでいけるようにするのは努力がいるなと思っています。

市川:プライム市場でサステナビリティ開示を求められているのに、開示できていない会社がけっこうあります。もったいないと思います。別のセッションで取り扱いますので見てもらえたらと思います。インデックスファンドが増えている点は、アクティブファンドの服部さんのような方に頑張ってもらいたいです。では、中川さんお願いします。

中川:私自身2年前に入ったので、それ以前と比べることはできません。ただ、スタートアップのCFOの方に近いところがあるとすれば、最初に知名度がないところから上がってきた2年間だと思います。その中で、最初はなかなか知名度が上がらなくて、実際に投資家のホームページにアクセスしたり、知り合いの知り合いを通じて紹介してもらったり、地道なところからやりました。1四半期で30件だったのが、今は多い時で100件近くIR面談しています。

だいたい1四半期で社長に5件程度、私自身で60件程度、多い時には1日10件程度あります。

市川:1日10件はすごいですね。

中川:根性論なんですけど(笑)。それくらい1人が熱量を持ってやれば、周りもついてきます。問いの答えになっていないかもしれませんが、知名度についても最初は大企業も小さな企業も皆さん、ないところから1つずつIRをしっかりやっていくしかありません。本質的な企業価値を上げることはすごく大事だと思いますが、CFOやIR次第で企業価値が市場に伝わらないのは一番もったいないと思います。CFO、IR部署として責任があると思うので、信じて入ったこの会社をいかに資本市場に広めていくのかは非常に大事です。

市川:こんな今だからこそIR、というのはあります。グロースの会社で市場環境に合わせて時価総額が小さくなって、何をしたらいいか分からないというのが、すごく多いお悩みです。今の中川さんのお話は、「今だからこそ」という気もします。すばらしいです。

マクロ環境の変化にどう備えるか

市川:今年のマクロ環境の変化、インフレ、円安、バリュー相場を踏まえ、投資家は、何を考えて、次にどのように動こうとされているのか、お話できる範囲で服部さん、お願いします。

服部:先ほど中川さんから、一旦創業の思いに戻るという話がありました。投資家の立場でも同様に、自分たちの投資哲学に戻ることを一番重要視しています。

インベスコのグロース運用でいうと、一貫した投資哲学を持っていることと、歴史的に20数年のグロース運用のノウハウがあります。ファンダメンタルズ分析に基づくボトムアップ・リサーチを軸にしながら正しい判断、正しい行動をするようにしています。この上半期でマーケット環境が大きく変わりましたけれども、何かを変えたことはありません。この半年はグロース、中小型の世界では逆風が吹いたと思っています。たとえば、マザーズ指数が2022年1月、歴史的に3番目の月間下落率となり、“●●ショック”といってもいいくらいの下落が起きました。それ以降も売りが売りを呼ぶ展開が起きました。ポジティブに捉えれば、そういう需給関係、売り物がある程度一巡したのではないかと考えられます。

あと、中小型成長株の世界では、ソフトウェア、インターネット、DX系の企業が多いですが、先日の日銀短観(22年6月調査)を見ると22年度のソフトウェア投資計画は前年比プラス17.4%と、かなり高い数字でした。この景況感の中で、そういった数字が出てくるのは構造的に成長する局面がソフトウェア関連にはあるということです。ファンダメンタルズ面においてもポジティブな芽はちゃんと出てきていると考えられます。
日本の若い企業は、世界に出ていける技術やノウハウを持っていると思います。そういった会社をいち早く発掘していきたいという思いをずっと持っています。
「次にどう備えるか」というと、引き続き我々の投資哲学に合う会社を探していき、次の局面でしっかりパフォーマンスを出していく。毎日、そのように考えてやっています。

市川:基礎に戻って、そしてファンダメンタルズでしっかりボトムアップ・リサーチするというのは、発行体にとっても元気になる感じがしました。松本さんや中川さん、服部さんにお聞きしたいことはありますか?

中川:服部さんに質問するとなると、IRを思い出して緊張してしまいます。弊社の株価を見ていると分かるように1月からずっと下がっています。運の良かったことに最近ようやく上がってきました。どうしても売りが売りを呼ぶ展開があります。投資家の皆さんは「信じて持ち続けます。」と言いますが、ふたを開けてみれば……ということもあります。どうやって信じてくださる投資家を見極めればいいのでしょうか?

服部:なかなか難しい質問だと思います。投資家の中でも戦略が違っていて、戦略の中でも各ファンドマネージャー、アナリストの性格が異なります。三者三様なので、それぞれミーティングの中で見極めていくしかありません。

前回のセミナーで「コミュニケーション能力がとても大切だ」という話をさせていただきました。まさに企業と投資家とのコミュニケーションに尽きるというのが結論です。

市川:「株を買って持っています」だけではなく、その先も継続してコミュニケーションをしていくと。致し方ない事情で一時的に保有比率を落とすこともあるので、投資家にとって難しい面は何かを聞き出したり。あと、性格にもよりますよね。グロースやバリューという投資スタイルだけではなくて「この人、うちの会社のことは好きじゃないな。もういいかな」という時もありますね。逆に、ずっと持っていてくれることもあります。

中川:私も会社で投資家データベースを作っています。各四半期で何回会ったか、上場以来のものを全部記録しています。また、別途、ファンドマネージャーやアナリストの方の性格について一言コメントを入れるようにしています。

服部:すばらしいです。

中川:以前は、たとえば名刺の裏に「この人、ゴルフ好き」と書いていました。ミーティング中はそういうこともメモするようにしています。証券会社時代にしていた投資家の分類分けを、今は、実際に自分の受けた感触をもとに、そのようにしています。その投資家もだいぶ増えました。増えるほど、うれしくなります。

松本:今の話、すごくいいなと思って聞いていました。また投資家によっては、いろんな時間軸で投資される方がいますよね。長期投資の方もいれば、タッチ・アンド・ゴーで利食ってすぐいなくなる方もいます。会社としては長期保有していただきたいですが、短期で売られてしまっても、また帰ってきてくれるかもしれません。「売られちゃった……」とは考えずに、「多くの人にうちの会社を少しでも知ってもらい、参加してもらったらうれしい」「売却されてもまた帰ってきて欲しい」といったオープンな気持ちでIRができるといいなと思っています。

市川:売ってもらってこそ、投資家さんはハッピーなわけですから。Win-Winが続くためには、売ってもらうことも必要ということですよね。

自社の適正株価を把握すべきか

市川:最後の5問目にいきたいと思います。「自分の会社の適正株価は把握すべきかどうか、把握していたら投資家さんとディスカッションすべきか。もしくは投資家さんから見て、話してほしいか」という問いです。去年11月のセッションで少し出たと聞いています。私も自分の本で書いたことがあります。この問いについては、実は、私の周りでは賛否両論あります。ちなみに、松本さんはM&Aの経験も長くお持ちです。また、中川さんは投資銀行にいましたので、この問いを準備しました。まず、松本さんからお願いします。

松本:当社はもともとファンドから独立した経緯もあり、幸か不幸か自己創設のれんを持っているため、DCFベースの時価評価計算は毎年ずっとやってきました。まあでも、そんなことがあってもなくても、自社の株価を自分の想定している企業成長力と比べ、アグレッシブなのかどうか、外部の人はどういう想定をしているか、などという株価の目線は持っているべきだと思います。

これはIRとしての重要性もありますが、それ以前にファンディングの手段という形で資本市場と直面しているからです。どこでエクイティファイナンスを考えるのか、あるいは、どこで自社株の買い戻しを考えるのか、といったことも自分の想定している適正時価評価がベースになります。会社としては押さえるべきですし、CFOの大事な仕事の1つだと思っています。

でもこの計算結果を外部にはディスクローズはしていません。「私どもとしては今、この株価は少し低いと思っています。だからこそ、今回ここで自社株買いをやらせていただいているんです」と経営者としての思いをお話しするケースはあります。株価は市場が決めるものですので、経営者が思っている価格が正しいわけではありませんが、「経営者が目指しているのはここなんです」というお話しはしていけるかと思います。

市川:論理的でさすがです。中川さんはいかがですか?

中川:今、弊社では年に1回、取締役会で適正株価がどういうものか、必ず議論するようにしています。アナリストコメントも含めて、外部の証券会社から見たら、こう見える、ということをお伝えしています。しっかり責任を持って、1年後にこれだけ上げられなかったら何かが悪かったというのを顧みる機会としても良いと思います。

投資家と話している時に類似企業と比較したり、DCFだったりの感度は分かっておいた方がいいです。各四半期のIR面談が始まる決算直前になると、フットボールチャートとにらめっこして考えます。

ただ、投資家にはあまり伝えません。5年、10年で伸びると思っているので、私はここにいるわけです。大企業のCFO、たとえば銀行や保険会社とはまた違います。今日参加されているグロース銘柄の方はそうだと思うのですけれども、5年後、10年後に伸びると思っているので今、CFOをしているという方が大半ですよね。「割安ですか?」と聞かれたら「だから私はこの会社にいるんです」と返すようにしています。適正株価が5000円、5500円、4500円ですという話をしないようにしています。

松本:外部に対しては、割安に思っているかどうかくらいのメッセージは出していますが、「いくらが正しいと思ってます」というのは言いません。そもそも絶対水準があるわけではないですしね。

中川:たまに極端に低い株価を言ってくる海外投資家さんがいらっしゃいます。その時は、KPIを全部聞くようにしていて「それはそうです」「それは違うと思います」と答えます。結局、DCFにしてもアートの世界なので、割引率で大きく変わります。目線は持っておいた方がいいとは思いますけれども、積極的には言いません。

市川:DCFだと難しいですよね。PERやEV/EBITDAだったら「コンプス(比較企業)はどこですか?」くらいは聞きますが、なかなか難しいですよね。

中川:私の業界特有かもしれませんが、介護だけで見るのと、ヘルスケアだけで見るのと、あと高成長の会社で見るのとでは、マルチプルにすごく差が出ます。弊社は今、PERは高いですけれども、通常の介護事業と比較してしまうとあまりに高くて、それだけで割高と言われがちです。類似企業としては「こういうところを見るのも1つだと思います」と言っていました。

市川:取締役会で報告されるということは、社外取締役の方も聞かれますよね。社外役員の方ともそういうディスカッションはあるのでしょうか?

中川:社外役員の方も他の上場企業の会社で役員をされているので「中川さんとしてはどう思いますか?」と聞かれます。弊社は社長が大株主なので、社長自身も非常に株価を意識しています。

市川:社長が7割お持ちですからね。

中川:根拠も細かく聞かれるので、非常にいいディスカッションの場にはなっていると思います。

市川:服部さん、投資家さんとしてはどうしてほしいですか?

服部:中川さんの答えに近いです。投資家の言語と企業の言語は少し違うので、企業の方々が投資家の目線で考えた時に「このように考えています」という話をする上では、自社の企業価値算定はあった方がいいと思います。

一方で「うちは今、このくらい割安なんですよ」とまれに言われますが、言っていただかなくていいと思っています。何人かの投資家に聞いたのですけれども、皆さん同じような意見を持っていました。どちらかというと内に秘めたり、資料に落とし込んだりすればいいと思います。

今日、話を聞いていて皆様も感じたと思うのですが、中川さんの言葉はすごくパワーがあるんですよ。「すごく会社にコミットしてるな」「経営者と同じ船に乗ってるな」と感じられると思います。中川さんの会社に対する思いがすごく詰まっていることが、この1時間で感じられたと思うんですよね。こういうCFOの方々と話すと、投資家としてはすごく安心できます。将来に対する解像度が上がっていく状況になっていくと思います。

市川:ちなみに、私は適正株価を聞かれたら話していました。それでうまくいったことの方が2対1くらいで多かったです。

服部:市川さんの著書を読んで「投資家って、それを聞いていいんだ」と思いました。聞かれた時に戸惑うのかと。そもそも投資家は聞いていいのでしょうか?

市川:聞かれたら答えていましたが、答えちゃいけないと思う発行体の人も多いです。松本さんみたいに「今の水準よりは高いと思います」くらいの方がスマートだと思うのですが。その時は何も考えていませんでした。「いくらだと思います?」って聞かれてぱっと答えてしまいました。

松本:実際、株価はマーケットの環境に振られたり、それこそ円安の状況に振られたり、いろいろなことがありますからね。

市川:ドル建てだと安くなることもありますよね。

松本:今の相場環境ですと、円ベースで株価が動いてなくても、外国の投資家の方からみれば2割、3割減価しているわけです。適正株価がいくらなのかという話になると、非常に難しい。従って、「自分たちとしてはもう少し評価してもらえる部分があるに違いないと思ってます」くらいの表現になるというところでしょうかね。

最後に一言ずつ

市川:そろそろまとめに入りたいと思います。順番に一言ずつお願いします。

松本:上場直後のIPOしたての会社のIRは大変です。上場時の投資家の期待を大きく背負っているので何とか実績を上げていきたいという思いも強く持ちますし、一方で、上場するための早急な制度改訂は未整備部分も残っています。上場が終わると会社の中の熱が冷めたみたいになりますが、実はそこから先、やらないといけないことは山のようにあります。会社を伸ばさないといけない、会社の管理をもっと強化しないといけないといった、ありとあらゆる問題のバランスを取りながら、IPO後の「成長の谷」に陥らせないようにするために、成長力をキープし続けること、が特にグロースの分野では大事なのだと思います。

なので、IPO成功で一息ついてはいけません。IPOは単なるスタートです。そこから次に向けて走り抜けないといけないと思います。

市川:ありがとうございます。

中川:私自身はIPO後から入っているので、スタートアップのCFOの方がIPOを経てどういう感情になるのか、というのはなかなか。一部の統計では5年以内に大半のCFOの方が辞めるというデータもあります。上場までは事業の内容に引っ張られるところも多いと思っています。

一方で、上場後はCFOが前面に立って資本市場と会話できる、すごく面白い環境だと思います。ストックオプションの問題などがいろいろあると思いますけれども、今、スタートアップのCFOをやっている方についても、上場後をすごく楽しんでやっていただければと思います。少なくとも私は今、すごく楽しく事業を見たり、投資家対応をしたりしています。IR面談は全然苦でありません。もちろん、いろいろな投資家がいます。ただ、全体として楽しくしているので、ぜひ皆さんもそういう感情を持っていただければいいかなと思います。

市川:服部さん、お願いします。

服部:1番目の質問で対話のテーマが出ましたが、投資家と企業の対話では投資家が問いかける比率がまだ高いと思っています。もちろん、投資家は質問したいことがたくさんあるのですが、最初の質問を、先ほど中川さんが資料で先に出してしまうと仰ったように、先にハテナを消してしまえば、残りの時間で相互にやり取りができる時間が生まれます。これからも、お互いが良くなるために改善していけるとすごくいいと思いました。

今後も皆様といろいろお話ししながらお互いに成長していけたらいいなと思っています。

市川:ありがとうございます。いい対話で投資家さんからいい質問が来ると、経営がすごく良くなります。経営者の頭の中が三角形だったものが、四角形になって、丸くなるみたいなことが本当にあると思います。今日は珠玉のお話を聞けてうれしかったです。ありがとうございました。

これにてセッション1「機関投資家と発行体のあるべきコミュニケーションとは[IR]」を終わりにしたいと思います。皆さん、ありがとうございました。

以上